Jul 01, 2009
進化する太陽電池パネル
ソーラーパネルと太陽電池パネル状にしたもので、建物の屋上や屋根の部分に装着し、太陽光を受けて電力を生産するシステムになっています。ソーラーパネルは、大型電気製品のメーカーでも、大量に製作されており、技術開発も進んで、新しいモデルがどんどん誕生しています。最近では、太陽光を受ける面積が従来よりも拡散タイプも発売されています。東日本大地震の原発事故のために省電力が騒ぎ、今年。太陽光発電に切り替えることが急増したとのニュースにしていた。私は、それ以前から太陽光発電に関心を持っていた。実際、光熱費はほぼゼロになり、余った電気を売ることもあると聞いたからだ。家計を考えると、太陽光発電への転換の選択は間違っていない。しかし、今の自然を利用した暖房と冷房、照明などの電気やガスなどに頼らない方法も増えてきているようだ。家を建て替えるドンウルウィハンハミョンソより良いことを選んでいこうと考えている。
大阪近辺の上空は2度通過、東京はセーフ―。地球に落下しつつあるドイツのX線観測人工衛星「ROSAT」について、ドイツ航空宇宙センター(DLR)は22日、大気圏突入は日本時間23日午前3時から同午後9時の間とみられるとの予測を発表した。文科省によると、この間、日本上空の軌道を4回通過。大阪府、兵庫県にかけての関西上空は2回、通過する予測。人に当たって負傷する確率は「2000分の1」とされるが、詳しい落下場所は直前まで分からないという。
衛星落下の予測動向が、さらに絞り込まれた。
DLRの22日の発表では、ROSATは「世界協定時(UTC)で、22日午後6時から23日午後0時の間」に、大気圏突入と予測された。日本時間では「23日午前3時から同午後9時」の間。また文科省によると、米戦略司令部の統合宇宙運用センターの情報では、大気圏突入は日本時間23日午前10時31分で誤差はプラスマイナス14時間だという。
衛星は約90分間かけ地球を周回し、徐々に高度を下げて大気圏に突入する。DLRが予測した大気圏突入の時間帯には計4回、日本上空に現れる。
まず〈1〉23日午前9時半頃、沖縄から九州の鹿児島県付近を通り、四国の南から関西にかけて本州上に入り、東北方面を通過する。南西から北東に列島を縦断する形となる。上空通過は約2分間。
次は〈2〉同午後3時40分頃、北海道北部から東部を通過。さらに〈3〉午後5時10分頃、山陰から近畿上空を通る。大阪府から兵庫県にかけての上空では、1回目と3回目のルートが交差しており、この近辺は、予測時間内で2度、衛星が通過することになる。東京上空は、現時点でルートにはかかっていない。最後は〈4〉午後6時50分ごろ、沖縄・八重山諸島付近を通過する。
詳しい落下場所は直前まで不明で、望遠鏡のミラーなど耐熱性が高い部品が最大30個、燃え尽きずに地上に落ちてくる可能性がある。部品の重さは計1・7トン。同じように制御不能となり9月24日に落下した米国の衛星UARSに比べ、部品数、重さともに上回っている。大気圏突入後は、地上の幅約80キロの範囲にバラバラになった部品が落下する恐れがあるという。
DLRの計算では、落下物が地上の人に当たり負傷する確率は2000分の1。同様の落下が2000回起きれば1回は人に当たるという数字だ。日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)は「人に当たる確率は低く、心配はいらないと考えるが、推移を見守る必要がある」としており、2度通過する大阪近辺の人はちょっぴり気になるかも…。
鹿児島県の桜島や同県と宮崎県の県境にある新燃(しんもえ)岳などで火山活動が活発になっていることを受け、気象庁は新たに「降灰警報」を導入する方針を固めた。
火山灰が降る量や範囲を詳しく示し、ぜんそくやアレルギーなどの健康被害や農畜産物被害の軽減とともに、道路や鉄道の規制の判断といった防災面に役立ててもらおうという狙い。2012年度に警報の基準値を検討する作業に着手し、13年度から運用を始める予定だ。
気象庁は08年3月以降、各火山が噴火した後、風向きなどを参考に判断した降灰予報を出している。これまでの回数は新燃岳で39回、桜島で6回、群馬、長野県境にある浅間山が1回。しかし示される範囲が都道府県単位で広すぎることと、降灰量が不明なため具体的な対策につながりにくいという課題があった。
東京電力福島第1原発から半径20キロ以内の警戒区域にある福島県富岡町から、同県いわき市に避難中の元農業、小坂竜也さん(33)が22日、伊豆諸島・三宅島(東京都三宅村)で行われたバイク耐久レースに苦難を乗り越え出場、完走を果たした。
出場したのは「WERIDE三宅島エンデューロレース」。平成12年の噴火災害で約4年半の全島避難を経験した同島が、観光客を取り戻そうと、昨年初開催したレースで今年で2回目。
溶岩や火山灰質の土などを逆手に取った難コースに、小坂さんは仲間から譲り受けたバイクで出場。エンジンの突然停止など「心が折れそうになる場面もあった」が、妻や小学生の娘2人の声援に奮い立ち、泥だらけで走りきった。
小坂さんは東日本大震災前は両親とシクラメンなどを生産する傍ら、月1度はオフロードレースに出場していた。しかし、震災で被災した上、福島第1原発事故の影響でいわき市の集合住宅への避難を余儀なくされ、機械部品工場で慣れない仕事に就いている。所属するバイクチームには津波で命を落とした仲間や、原発復旧作業に当たる仲間もいるという。
新車に替えたばかりのバイクは富岡町に残したまま。「二度と乗れないのでは」と落ち込んでいたところ、大会事務局からレースへの誘いがあったという。
約2時間半のレースを完走後、小坂さんは「自分たちも三宅島のように長い闘いになるが、あきらめない姿を子供に見せられよかった」と目を潤ませた。
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